Topics 2002年6月11日〜20日    前へ    次へ


20日 メキシコのCheap Labor
17日 CalPERSの投資基準
14日 EUの企業年金
13日(1) Enronの離職手当て
13日(2) 労働組合の情報公開
12日 生産性向上と自営業者
11日 ジョスパンの不人気


20日 メキシコのCheap Labor Source : Mexican Workers Pay for Success (Washington Post)
ワールドカップで、メキシコはアメリカ戦で苦杯をなめ、大会から去っていった。メキシコ大会でのメキシコの活躍を覚えている者にとっては、寂しい限りである。

そのメキシコは、経済面でも対アメリカとの関係の見直しを迫られている。上記記事では、アメリカ国境に近いTijuanaの変遷をレポートしている。

Tijuanaはアメリカ・カリフォルニア州San Diegoのすぐ南に位置し、昔からアメリカ経済と密着して成長してきた。NAFTA成立前の1980年代、Tijuanaは、Free Trade Zoneに指定され、香水の町と呼ばれた。ヨーロッパから香水を輸入して、それをアメリカに輸出していた。1994年にNAFTAが成立すると、電化製品の組立工場として、特にテレビの組立工場として有名になった。その頃には、ソニー、JVC、パナソニック、日立などが生産活動を行い、年間、1500万台以上を生産していた。

この時代のTijuanaの強みは、大消費地アメリカに近いことと、労賃がアメリカに較べて格段に安いことであった。ところが、工場の進出が進み、アメリカ経済に引っ張られる形で成長してきたため、その安かった労賃は、10年間で倍になってしまった。これはインフレ率よりは高い伸びであり、Tijuanaに集まってきたメキシコ人労働者の生活は確実に向上した。また、高くなったといっても、工場の初任給で、1時間あたり$1.5〜$2であり、アメリカ連邦の最低賃金$5.15に較べればまだ半分以下である。

しかし、企業活動の国際化が進むことにより、Tijuanaは、中国やアジアの安い労働力に勝てなくなってしまった。記事では、最近、CanonがTijuanaのインクジェット・プリンターの工場を閉鎖し、中国にその生産を移すということが紹介されている。メキシコ全体としても、2001年以降、工場数も雇用者数も減少しているのである。

Tijuanaが、アメリカの裏庭としての強みを生かして、国際市場の中で生き残っていくためには、より高い技術を必要とする産業、製品に移行していく必要がある。実際、トヨタは、最近、ピックアップの生産工場を開設すると発表した。これは、やはりアメリカの裏庭としての強みによるものである。労賃が高まることは決して悪いことではない。生活の質は向上し、アメリカへの不法入国者も抑制できる。

Cheap laborを求めて、アメリカの企業も、日本の企業も、世界中を移動していく。日本の企業が生産拠点を海外に移し始めてから、約20年が経とうとしている。しかし、日本国内の労働コストは、依然として高水準だ。この高水準を維持していくだけの経済の強みが日本に残っているだろうか。もし残っていないとするなら、労働コストの低減はやむを得ないと考えるしかない。そうならないよう、残された日本経済の強みを活かすためには、戦後の高度成長期に築いてきた日本の経済システムを、思い切って転換していく必要がある。労働市場はその際の最大の課題だと思う。

17日 CalPERSの投資基準 Source : Can CalPERS Afford to Throw Stones? (Business Week)
CalPERS (The California Public Employees' Retirement System)といえば、投資市場では泣く子も黙る巨人である。カリフォルニア州の州政府公務員130万人の加入者を抱え、そのファンドは1490億ドルにのぼる。多くの大企業の株を保有し、1980年代後半から、その経営方針に注文をつけてきたShare Holder Activistとしても有名だ。CalPERSの影におびえる日本企業も少なくないだろう。

そのCalPERSに、Business Weekが、「お前にそんな注文つける資格はないだろう」と噛み付いているのだ。

Business Weekが噛み付いている第1点は、投資を判断する際の基準に、社会的要素を加味している点だ。たとえば、たばこ会社の株を放出してしまったり、州内の比較的貧しい地域の企業への投資を増やしたりしている点だ。州内への投資は、州政府職員の年金という性格を考えると、頷ける面もあるが、そこはアメリカ、同じような州政府の年金基金で、CalPERSほど州内に投資している基金は少ないらしい。

第2点は、やはり投資判断基準に、政治的要素が強く反映されている点だ。Gray Davisカリフォルニア州知事(民主党)の有力資金援助者である、Richard Wollack氏が経営する企業に、CalPERSは、今年3月、1億ドルの投資を行った。また、CalPERSの運営委員であるPhilip Angelides州財務長官とKathleen Connell州財務次官に献金を行っているRonald Burkle氏が経営するファンドに対し、CalPERSは過去1年間に7億6000万ドル以上を出資している。しかも、Burkle氏が経営する企業の取締役に、Davis州知事夫人が就任しており、昨年3万7500ドルを得ている。

いかにも利益相反が起きそうの構図だが、このような政治資金を提供した企業へのCalPERSの投資は、州法上、合法だそうだ。

しかし、問題はそのパフォーマンスだ。2000年、2001年と、CalPERSの運用利益は、他の同様の州政府年金基金に較べて1%も低いそうだ。また、年金基金自身、1720億ドルから1490億ドルに縮小してしまっている。今年に入ってからも、他の年金基金に較べ、運用利益は1/3%ポイントほど劣っているそうだ。

こうなってしまうと、アメリカで問題になるのは、fiduciary dutyである。日本語では受託者責任と訳されるが、年金基金の投資決定が、受益者の利益を再優先に決定されたか、市場に関する知識、情報を充分活用した上での判断なのか、が問われる。もし今、カリフォルニア州政府の退職者、現役職員がclass actionを起こしたら、CalPERSは、限りなく敗色濃厚と言わざるを得ないだろう。

日本の厚生年金は、法律で決まっていたとはいえ、財投機関にほとんどの資産を突っ込んでいた。厚生年金は、fiduciary dutyを果たしていたと言えるだろうか。厚生労働省の見解を伺いたいものである。

14日 EUの企業年金 
Source : New pensions law a possibility, says Brussels (Financial Times)
昔、経済学を学んだ時、通貨と労働は他の財とは異なる特殊性を持っていると教わった。いずれも文化的・社会的背景の市場に与える影響が大きいこと、情報の非対称性が大きいといった理由だったと記憶している。

今年、EUは、Euroを実現した。通貨には国家主権が背景にある。その通貨が統一されたという意義は大きい。

そして、今、EUは、企業年金のEU内でのポータビリティを模索しているというのが、上記記事だ。記事によれば、先週、EUの蔵相会議で、ある特定の企業年金がEU内全域を対象に運営することを認めた。これにより、例えば、ドイツの自動車メーカーの従業員が、フランスの現地法人に出向したとしても、現在加入しているドイツ自動車メーカーの企業年金に加入し続けられるということになる。ところが、これでは、同じ企業年金内にとどまれる従業員は救われることになるが、国境を超えて転職した労働者の企業年金はポータブルにはならない。この問題を解消するため、EU域内での企業年金のポータビリティが検討されているということだ。

これができれば、EU域内での労働の移動は、ほとんど制約を受けなくなると思われる。

日本の場合、企業年金のポータビリティは、やっと国内での確定拠出年金により、始まったばかりだ。国際的に企業年金を共通の土俵に乗せるということは検討されてもいない。いや、企業年金どころか、公的年金の通算協定すら、ドイツとイギリスのみで、アメリカとの交渉が漸く緒についたばかりという、お粗末さである。EU諸国、アメリカ、カナダ各国の間では、既に2国間の年金通算協定ができあがっており、ひとり日本だけが、蚊帳の外になっている。こんな状態では、世界の有能な人材を日本に連れてくることは不可能だし、日本への投資も検討段階ではじかれてしまうことになる。

「制度の内容が異なる」、「一国ずつしかできない」、「人手が足りない」とかいって、年金通算協定をなかなか進めようとしない厚生労働省と外務省には、後世代を国際社会から孤立させることになりかねないとの危機感がないのだろうか。両省の罪は重いぞ。

13日(1) Enronの離職手当て 
Source : Enron Agrees to Increase Severance by $30 Million (New York Times)
Topicsの「2月22日 企業再生策二題」で、Enronのlaid-offは、規定通りの離職手当て(Severance Payment)を受け取れなかったことを書いた。laid-off達は、その後委員会を設け、Enronサイドと債権者委員会と交渉を重ね、離職手当てについて、ようやく合意に達したとの事だ。

上記記事によれば、もともとのEnronの規定では、Severance Paymentは次の通り計算されるはずであった。

Severance Payment = 1週間分の賃金(week's paycheck) x {勤続年数 + (年収/$10,000)}

それが、今回の妥結により、既に受け取った分を含めて最大$13,500まで支払いを認めることになりそうだ。これでも不満な人は、訴訟をやってくださいということらしい。もちろん、これらはすべて計画段階であり、裁判所の認可が必要となる。

このlaid-offの委員会は、さらに、Chapter 11申請直前に支払われたretention bonusにも修正を迫るつもりらしい。

こうしてみると、アメリカにおいて、企業が破綻した場合、労働債権はどのように位置付けられているのか、詳しく調べておく必要があるように思われる。その都度ケースバイケースで裁判所が判断するとなると、解雇者に対する支払が遅れ、その間に資産は流動化(売却)されてしまって、結局残らなかったということになりかねない。日本の場合も、労働債権はかなり劣後に置かれているというの印象を持っている。企業の再建、再生、清算を弾力的にできるように環境整備必要はあると思うが、その際の労働債権の取り扱いについて、よく考えておく必要があると思う。

13日(2) 労働組合の情報公開 
Source : New Department of Labor Web Site Debuts Access To Union Reports Eased (DOL)
アメリカには、労働組合の情報開示に関する法律がある。Labor-Management Reporting and Disclosure Act of 1959(LMRDA) (Landrum-Griffin Act)がそれである。この法律は、1950年代、労働組合内部の腐敗、資金の濫用などが社会問題になったのに対して、組合員の権利と組合内部における民主的手続き、情報開示を定めたものである。

アメリカでは、経営者との団体交渉において、労働組合には「排他的代表権限(exclusive representation)」が与えられている。ここでいう『排他的』には二つの意味がある。第1は、経営者と団体交渉ができるのは一つの組合に限られる。同じ職場内にいくつも組合が存在することは可能だが、そのうち経営者と団体交渉できる組合は一つだけである。第2は、その応用編だが、経営者と被用者個人との直接交渉も否定される。従って、賃金等の労働条件を決定する際、代表権を有する組合の権限は非常に強いものとなる。したがって、その独占的な権限に対して、チェックをかけ、民主的な手続きで組合が運営されるよう、情報開示が求められている訳だ。

LMRDAに基づいて、労働組合は、各種の報告書を労働省(DOL)に提出している。これまで、Websiteでは、労働組合の名前と概要の一覧表が掲載されていただけで、資金報告書などは、労働省のワシントン・オフィス等に行かなければ見られなかった。それが、今月から、インターネットで資金報告書を閲覧できるようになったのである。

AFL-CIOや一部の組合は、組合の情報開示ばかりが行われ、経営者側が労働管理、労働組合対策に使っている資金を開示しないのは不公平だ、と不満を述べている。他方、AFL-CIOの最大有力メンバーでもあるThe International Brotherhood of Teamstersは、この労働省のwebsiteによる情報開示を歓迎している。もともとそれらの情報はpublicなものであり、既に組合員に対して開示しているものなのだから当たり前だというわけだ。

翻って、日本の労働組合の場合、労働委員会の資格審査とそれに基づく法人登記の際、組合の概要が形式的に審査されるが、毎年の活動に関する当局への報告義務は課されていない。また、登記していない組合については、その形式的審査すら受けていない。労働組合法は、基本的に組合の運営の仕方について規定するだけで、実際の運営については自治に任せているという形になる。そして、いざ問題が発生した場合に、労働委員会等が労働組合として適性であるかどうか資格審査を行うことになる。少なくとも法律上、労働組合としての存在確認や当局への報告義務は課されていないように思われる。そのためか、労働組合の一覧表は、厚生労働省のwebsiteでは見つからず、法政大学大原社会問題研究所のwebsiteで見つかった(もちろんこれも全数を把握しているかどうかはわからない)。

また、当局への報告義務が課されていないということは、内部での腐敗が生まれやすくなる。労働組合が社会的に責任ある発言を続けていくためには、組合員によるチェックや外部からの監査、監督が不可欠である。特に産業別組合やナショナル・センターなど個別労組により構成されている組織については、下部組織の組合員によるチェックはかなり困難だ。労働組合法では、財政状況および経理について、毎年「職業的に資格がある会計監査人による正確であることの証明書とともに、少くとも毎年一回組合員に公表されること」(5条2項7号)となっている。すでに公認会計士等による監査が行われているわけだから、それを組合員だけではなく、社会一般に公開することに何の問題もないと思われる。ぜひとも公開してもらいたいものだ。

12日 生産性向上と自営業者
     Source : Productivity: A Retail Link (BusinessWeek)
90年代後半の生産性向上は、ITと企業の効率経営という構造的な要因によるものであったというのが、通説となっている。上記記事では、もう一つ見落としがちな要因として、自営業者が減少し、被用者が増えたことを指摘している。経済学者の分析では、自営業者の数は、1997年の930万人(労働者全体の7%)をピークに減少してきており、現在は820万人(約6%)となっている。

次の図は、自営業者の増減と生産性の増減を比較したものであるが、見事に反比例の関係になっている。



自営業者の数が減って生産性が上昇している産業の代表が、小売業とのことだ。これは、全国展開する巨大な小売業者が、次々と小規模のパパママストアを駆逐していった結果だ。この現象が、もう一つ別の生産性向上の道を開いたという指摘もしている。つまり、小規模パパママストアは、税負担を軽くするために売上高を隠そうとするが、巨大ストアは、逆に売上高をすべて公開しようとする。それは投資家にアピールするためだ。

Topicsの「3月20日 大企業の従業員が過半数」で、アメリカの被用者のうち、過半数が大企業で働いているということを書いたが、自営業者のレベルでも、企業化の動きが強まっているということだろう。自営業者よりも中小企業、中小企業よりも大企業の方が、経済効率が高まるのは当然であり、それが資源の有効配分にもつながるわけだ。もちろん、だからといって大企業一辺倒では、経済や社会のダイナミズムが失われてしまう。「中小企業や自営業者は頑張っているから、生活が大変だから」という理由で、保護政策を続けていると、結局は経済全体の活力を失ってしまいかねない。中小企業や自営業者を伸ばして経済活力につなげるためにも、彼らを資本の論理、競争市場で常に評価していかなければいけないと思う。

資本市場の論理がこんなところにまで影響を及ぼしつつあるアメリカ経済は、ちょっとやそっとでは揺るがない土台を作り上げたのではないかと思う。


11日 ジョスパンの不人気 
1996年、フランスの週平均労働時間は、38.9時間であった。同年、フランス政府は、39時間/週を35時間/週に引き下げるための政策を開始した。その結果、今年第1四半期には、35.8時間まで低下した。

なのに、フランス労働者はご不満とのことだ。なぜなら、仕事のきつさは以前と変わらず、手取り収入が減っているためだ。さらに、時間外手当が実質減となっている。失業率は下がったのも、労働時間を削減してワークシェアリングが実現したのではなく、経済が好調なためだ。労働時間削減政策を採らなくても失業率は低下しただろうと分析されている。

こうした事態に、ブルーワーカー達がこんなはずじゃなかったと左翼政権を見限ったことが、ジョスパンの不人気の一因になっているらしい。

フランスは、組合のカバー率がとても高く、賃金や労働時間については、全国規模の労使交渉がベースとなっており、アメリカとは正反対の、つまり労働市場の弾力性が乏しい国と、私は見ている。労働形態の多様化と差別禁止政策により、結果としてワークシェアリングが実現し、失業率が低い国の労働者と、画一的な労使交渉により労働条件が定まり、政府主導のワークシェアリングを目指している国の労働者と、どちらが働き甲斐を持てるだろうか。私は前者を選択する。

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